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中谷産婦人科No.1二章「ルーゴン・マッカール」③両家の泥沼の話し合い

 その向こう見ずな若さを剥き出しにした気迫に、おばさんは一瞬呆気にとられたような顔をしたものの、すぐにマモルさんをキッと睨み返した。
 「まぁ、何を言うんです。あなたのせいじゃないの?それをのんきにお嫁さんにほしいだなんて呆れた!よくもそんなことが言えたものだわ。」

 しかし、これまで黙っていた叔父さんがそこで遮るように重々しくゆっくりと口を挟んだ。
 「ほぉ・・随分と簡単に結婚を口にするけれど、生活していく自信があるのかね?」< br>  「あります!」
切なく声を張り上げたマモルさんの瞳の中の炎が、人の心を打つように一層、ゆらめいた。

 マモルさんはカーキー色の七分袖ブラウスに、黒の細身のパンツを合わせている。
それがピッタリとマモルさんの細い躰を包み、いつもより気品良く見えた。
 そのせいか存在感が大きく増しているようだった。

 私は事の成り行き以上に、マモルさんがこうして自分の家に来ていることにワクワクと胸が騒ぎ、何度も頼もし気に眺めずにはいられなかった。

 しかしイライラと首を振るおばさんを見て現実に返った。
 「冗談じゃありませんよ。すぐに中絶の手術をして、もとの生活に戻らなきゃ。学校には黙っていれば退学にはならないわ。」

 私はその強い言葉に、再び地獄に突き落とされる恐怖を感じて、慌てて首を振った。

 「私はもう学校になんか行かない。それよりマモルさんと結婚する。」
 「あんたまで何言ってるの?」おばさんは絶叫にも近いような声をあげた。

 そこでマモルさんが真剣に訴える調子で喋りだした。

 「あの、確かに一番悪いのは僕です。せっかく進路の予定とか立てていたのに、それをぶち壊すような真似をして本当に申し訳ないです。でも、彼女は本当に悩んでいて苦しそうでした。たぶん学校のことで。とても見ていられなかったです。僕なら、彼女を救ってあげられます!」

 「マモルさん・・。」

 いつも屈託なく会話をしていたマモルさんからそんな保護者めいた目で見られていたことが恥ずかしくて私はうつむいた。
 「マモルさん、自然な形で近づいてきたけど、そんなに私のことを心配してくれていたのか。」
私は冷房のひんやりとしているのも忘れ、腋の下が汗ばむのを感じた。

 やがて、今まで黙っていた美憂さんがゆっくりと口を開いた。
「詳しい事情とかよくわからないけど、ユマちゃん、死にたいくらい追い詰められて悩んでいたみたいよ。」
 おばさんの顔がサッと曇った。そしてハッと直感が閃いたかのように、私の方へ向き直った。

 「死にたいくらいって・・まさか、あんた・・あの担任の教師のことじゃ・・!」

 私はギクッとして身をすくめた。おばさんはやはり薄々と勘づいていたのだろう。
そのことを思うと私はきまり悪く、居ても立っても居られないくらい恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
 おばさんの一言に、その場に一同釘付けになったかのような異様な空気が広がっていった。

 「あんたが、あの教師となんかあるのは前から気が付いてたわ。やっぱりあの男のせいなのね!」

 おばさんは、妊娠の相手をマモルさんから教師にすり替えてしまったのではと思うほど、更に腹立たしさを露わにした。そして私の顔色が変わったのを見届けてから、

 「でも、だからなんだって言うの?甘えだわ、そんなの。死にたかろうがなんだろうが、高校はきちんと出て、大学まで行くのが当たり前じゃないの。」

 おばさんは再び美憂さんの方にまともに目を据え、すっかり感情的になって早口でまくしたてた。

  「私だって、ユマくらいの年の時そりゃ、悩みなんて沢山ありました。それでも邪念を頭から振り払って、死に物狂いで勉強して大学まで行きましたよ。私の姉・・この子の亡くなった母親が病気がちでとても勉学に励める状態じゃなかったので、私が両親から期待されたんですね。姉はお人好しで物事を深く考えない質でした。そのせいで、つまらない男に引っかかって妊娠しちゃって、しかも自分は早死にしてしまって・・。私はこの子を、流されるままに生きて不幸な目を見た母親と同じにさせたくないんです。甘やかすつもりはないわ。」

 おばさんは有無も言わさない勢いできっぱりと言い放った。
しかしそれに反論するような形で美憂さんが再びおばさんを凝視した。

 「あら、あたしも大学なんか行って無いわよ。でも若いうちから自分の好きな資格取って誰よりも早く出世した方よ~。あたしは今の自分に満足してるし。うちの長男も大学行ってないしね。あたしと同じで勉強なんか嫌いな子だからさ。何が何でも大学行かなきゃって考えもどうかと思うのよね。せっかくいいとこの大学出ても、この時代だしねえ・・いい就職先が見つかったとしても長続きのしない子も多いのよ。ユマちゃんも自分で大学行きたくないって言ってたし、好きな風に生きさせてあげてもいいんじゃないかしら?それにね・・こんなこと言うのはユマちゃんに申し訳ないんだけど、最初から勉強に励む気のある子だったら、死にたいほどの目になんか合わないわよ。」

   「まぁ・・。」
おばさんは蔑むような眼差しを美憂さんに注ぎ、そのまま呆れたように黙り込んだ。

 私はそれと同じようなセリフをおばさんの大学の同級生のよしこさんから聞かされたことを思い出した。



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